〜ケアマネ時代のお話〜
東日本大震災では、東京でも震度5という大きな揺れが起こりました。
その時、私はケアマネージャーとして働いていました。総合病院での退院前カンファレンスの帰り道、横断歩道で信号待ちをしていたら、異様に地面が揺れるのを感じ、立っていることができずしゃがみ込んでしまいました。振り返ると今にも背後にある大きな総合病院の建物が私に向かって崩れてきそうなほど揺れています。
近くの道路からは水道管が破裂し噴水のようになっています。水飛沫を避けながら、急いで自転車で会社に戻り、テレビをつけ、日本でとんでもないことが起こっていることを知りました。
会社からケアマネとして担当している家々に電話をかけても繋がりません。
とにかく自転車で回って安否を確認しようと出かけました。
一番心配だったのは、90歳男性Sさん。心臓が悪く足はむくみ、腰も悪いので長時間立っていられません。下肢筋力も弱くなって足が上がりづらくスリ足気味。自宅内も杖を使わないとつまづきそうです。
Sさんは、早くに子供をなくし妻にも先立たれ、それでも何とか自宅で1人で生活していました。
今日はデイサービスの日ではないので家にいるはず・・でも、大丈夫だろうか・・。とにかく無事でいて欲しいと急いで自転車を漕ぎました。
ピンポーン「Sさん、〇〇です。生きていますか?」(思わず生きてますか?と聞いてしまった。)
Sさんは、玄関を開けてくれ「大丈夫だ」と。
ホッとしたのも束の間、家の中は散々です。食器棚のガラスも素敵な食器も割れ落ち、陶器の置物なども床で割れていて、歩くのに危ない状況。そして家族との思い出の品々も崩れ落ちています。
泣きそうな私に「俺は大丈夫だから。」「他の人のところにも行くんだろ。早く行ってやれ。」と追い出そうとします。
絶対1人で片づけられないのに、そして絶対辛いのに・・頑固な人です。
「ごめんなさい。」「それでは、行ってきます。」「とにかく生きてて良かったです。」と私はSさんの頑固さに甘え、Sさん宅を後にしました。
続く